Peterpan
INTERVIEW
役員インタビュー

CEO 笠井 基生

人の為に生き、
最前線を走り続ける
ヒーローでいたい。

Q. まず、幼少期はどんな子どもだったのでしょうか?
福岡県の須恵町という、のどかな町で育ちました。家族はとても仲が良く、愛情に包まれた環境だったと思います。 性格は、とにかく活発。じっとしていられなくて、いつも外を走り回っているような子でしたね。 周りから見ると元気なムードメーカー、という印象だったと思います。
Q. 幼少期から学生時代にかけて、特に打ち込んでいたことは?
間違いなくサッカーです。 小学校1年生のとき、友達に誘われて始めたのがきっかけでしたが、すぐに夢中になりました。 放課後も、休み時間も、朝早く集まっても、とにかくボールを蹴っていました。 自然と周りの仲間が集まってきて、気づけばチームの中心にいるような存在になっていました。 サッカーだけは、子どもながらに「本気」で取り組んでいましたね。
Q. 人生の大きな転機になった出来事はありますか?
中学生の頃です。 当時、思春期も重なって気持ちが不安定で、学校生活もうまくコントロールできていなかった時期がありました。 そんなとき、母から本気で叱られた一言がありました。 「サッカーを本気でやるなら、覚悟を決めなさい。」 その瞬間、初めて自分の人生を自分で選ぶという感覚が芽生えたのを覚えています。 さらに同じ頃、とても大切にしてくれていたサッカーの先輩が事故で亡くなりました。 この出来事は、自分の価値観を大きく変えました。命の尊さ、生きていることの意味、仲間と本気で向き合うこと。今でも福岡に帰ると、必ず手を合わせに行っています。
Q. 高校・大学時代はどんな時間でしたか?
高校は、全国レベルで練習が厳しいサッカー部に進学しました。 正直、人生で一番きつい3年間だったと思います。 でもあの時間が、忍耐力、継続力、そして「逃げない姿勢」をすべて作ってくれました。 大学ではプロサッカー選手の夢を諦め、次の目標として「教育」に興味を持つようになります。 同時に、仲間とアパレルブランドを立ち上げたり、イベントを企画したりと、初めてビジネスの楽しさにも触れました。 「仕組みを作れば、人は動き、価値は生まれる」この感覚を体で理解した時期でした。
Q. 社会人としての原点となった経験は?
新卒で入社したDYMでの経験です。 成果主義の世界に飛び込み、毎日自分と向き合い続けました。 うまくいかない時期もありましたが、努力を積み重ね、チームを任せてもらえるようになり、 組織を率いることの難しさと面白さを学びました。
Q. その後の転機と、現在に至るまでを教えてください。
ある経営者との出会いで、人生観が一変しました。 「基生君はいつ頑張ってた?」 と質問され、サッカーに打ち込んだことやDYMでの経験を語りました。 すると、「過去頑張ってたという話ダサいね」と言われました。 社会人になって今後の方が人生長いのに、なぜ今本気で頑張っているという話ができないの?」 と言われ、衝撃が走るとともに、自分の甘さを突きつけられた気がしました。 その後、金融の世界に飛び込み、営業・人間力・信頼構築のすべてを学びました。 順調な時期も、厳しい局面も経験し、最終的に「自分の足で価値を生み出したい」と独立を決意します。 そして誕生したのが、株式会社Peter Panです。
Q. これから、どんな未来を描いていますか?
挑戦する人の、人生の伴走者でありたい。 そして将来は、世界のどこかで支援を続けられる事業を持ち続けたい。 カンボジアでのボランティア経験が、 今もずっと胸の奥に残っています。 自分の人生は、振り返れば「挑戦の連続」でした。 だからこそ、誰かの挑戦にも、本気で向き合える。 それが、今の自分の原点です。

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取締役/COO

赤沼 拓弥

赤沼 拓弥
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